自分が笑顔になるより、
人が笑顔になる方が好き

慌ただしい毎日の中で、最後に笑ったのはいつでしょう?
私もそうでした、毎日時間に追われながら、
いつの間にか消えていた笑顔
でも、私は自信を持って言える
「最後に心から笑ったのは、さっき」
私の周りから、心からの笑顔溢れる世界をつくりたい
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今、ここから笑顔になれる

志織- Shiori -

- Profile -

志織- Shiori -

身長170cm、几帳面なA型、世話好き長女気質
家族構成:息子2人(25歳・27歳)
動物占い:大器晩成のたぬき
座右の銘:笑門来福
好きなもの・こと:
オードリーヘップバーン、Mr.Children
他人から見える私:
怒欠乏症、柳のような女性
@siori
サラリーマンの父と、田舎のちょっとした元お嬢様の元に、長女として生まれる。
私が5才の時に、両親が飲食店を開業。 3歳と、生後2ヶ月の兄弟の面倒を見る小さなお母さんとなり、お風呂や食事、寝かしつけは私の仕事でした。
兄弟の授業参観や、大学受験や入学式に付き添ったりと、面倒を見ながら飲食店の看板娘をこなす毎日。
学生時代は剣道一筋、全日本剣道選手権に3回出場。
名門と知らずに入学した高校では、道着に防具をつけたまま、運動場をランニングをさせられる惨めな高校生活でしたが、この時に身についたど根性が、今の私の原点です。

- My story -

何不自由のない専業主婦だった私

元夫との出会いは高校時代。元夫は県内では有名な選手、私は強豪校ではあるが、Dチームがやっとの落ちこぼれ部員でした。
お互いに同じ大学に入学し、まもなく交際スタート。 当時、剣道部は部内恋愛は禁止でしたが、彼も私も全日本選手権で好成績を残したことから、「全日本夫妻」との呼び名とともに、暗黙の立ち位置を築き上げていました。
卒業後、24歳のときに結婚。
元夫の両親の敷地内に家を建ててもらい、生活費を渡されて何不自由のない生活をする専業主婦。
跡取りとなる2人の男児を産み、順風満帆の生活のはずでした。
しかし、私の心は心療内科の受診を勧められるほど、蝕まれていました。
九州男児を絵に描いたような元夫は、まるでマシーンのような人だったのです。社会福祉センターに相談に行くと、その言動は典型的なDV。義理の両親に助けを求めても、何も助けてもらえず、1人で抱え込み苦しくなるばかり。
最終的には、子供を連れて夜逃げし、弁護士さんの力を借りて離婚することができました。
この時のストレスのせいか、耳があまり聞こえなくなり、今でも少し離れた所から話しかけられると、気づかないことが多々あります。

女を捨て、子供のために働き続けた私

何不自由のない生活を全て投げ出し、逃げるように離婚した私は、子供2人とともに見知らぬ土地での新生活をスタートさせました。
新生活といっても、家具もおもちゃも何もない状態。 幼稚園を卒園して3日後には全く知らない小学校へ入学した、息子たちにとっては、戸惑いしかなかったと思います。
しかし、私は2人の息子を育てていくために、がむしゃらに働くしかありませんでした。
派遣社員からスタートして、最終的には住宅リフォームの営業職の正社員となり、男性社員にも負けない成績を上げ続け、老舗の建築総合商社に就職できたのです。
150人中たった1人の女性営業職。
もちろん、男性ばかりの職場だったので、男性に混じり女を捨ててがむしゃらに働きましたが、男性社員とは給与体系も異なり、正社員として働きながら、夜はテレアポ、土日はホテルでのバイトと、3つの仕事を掛け持ちしながら、息子たちのためにがむしゃらに働きました。
今振り返ると、学生時代に剣道で鍛えられたど根性と努力だけで突っ走ってきたなぁと思います。

人はいつからでも変われる

20年間、男性ばかりの職場で息子が大学を卒業するまでがむしゃらに働き続けた私。
そんな私の人生の転機は、友人の勧めでミセスコンテストに出場したのがきっかけでした。
それまで、「シミ・シワは勲章」と男性のような生活をしていた私は、
「なんでミセスコンに出なきゃいけないの?」
と、ただただ疑問に思い、福岡大会の締切をわざと逃すほど。
「あんな華やかな女性たちの群れなんて、私には縁がないのに…」と嫌々のエントリー。
しかし、出場してみると華やかな世界の裏に隠れた出場者の努力する姿を見て
「私も頑張りたい!もっとキレイになりたい!息子たちのために」
と真剣にレッスンを受けました。
レッスン中は、耳の聞こえない私を、他の出場者がサポートしてくれて、みんなの協力のおかげで、無事にやり切ることができました。
この経験が、私の人生は大きく方向転換。 美容業界の実績も、経験もない私が、大手ネイル会社に就職し、チーフアドバイザーとして1年間勤務しました。

女性が、心から笑える社会を作りたい

男性に混じっての法人営業から、ほとんどが女性の美容業界へ転身した私。
今は、「輝く女性をいっぱいにすることで、世の中の子どもたちの笑顔を守る」をテーマとして、活動しています。
女性がキレイになることで、世の中は幸せな笑顔で溢れると信じています。
私自身、コンテストのあの日、息子2人の大粒の涙で気づきました。
「お母さんめっちゃきれいやんか〜。もう好きなことなんでもし〜。」
息子がくれたこの言葉は、今でも耳から離れません。
この日を境に、私の生きる道が決まりました。
私が特別?
いいえ、誰だって輝ける資質を持っているのです。
だから大丈夫です!大切なのは一歩踏み出すこと。
あなたの笑顔は、周りを幸せにする力があります。
Lift your face up!
顔を上げて歩けば、目の前には壮大な景色が見えます。いい表情をすると、素敵な笑顔が集まってきます。
あなたが、あなたらしい笑顔で笑える手伝いをする、それが私の使命です。

今、ここから笑顔になれる

志織- Shiori -

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